ユーゴスラヴィズム

映画「アンダーグラウンド」から読む世界の虚構!


4. 解体の謎
 旧ユーゴを解体に導いた要因はいくつも挙げられている。中でも以下のことは、歴史的な流れの中で見逃せない事項であろう。
 74年憲法により分権的な緩い連邦制が実現し、それまで統合的な側面の中心はセルビアだったが、それによって各共和国が大きな権限を持つことになる。そのため各地でナショナリズムの動きが顕著になっていったこと。また、80年のチトーの死によって統合の太い絆はなくなり、連邦の横断的な組織としての共産主義者同盟と、人民軍という連邦規模の軍隊が衰退していったこと。そして、70年代末から80年にかけての「経済危機」の際、分権化の実質化によって連邦規模でそれに対応する対策がうまくとれないという状況に陥る。そこで、74年憲法の「修正派」と「維持派」との連邦規模の論争が展開される。その際にセルビアが再び連邦の中心的な役割を望み「修正派」を支持する一方で、むしろ経済的に利益を享受していた最も先進的な共和国であるスロベニアは、比重としてかなりの部分の利益を連邦に吸収されることに不満表明し、全く逆の独立への道を主張する。これを機に、各共和国がそれぞれ利害を前面に出して対立することになった、などである。
 しかし、これらはきっかけに過ぎないであろう。そもそもこのような問題に直面した時に、簡単に解体へと向かってしまう抜本的な要因は、「国民」(ユーゴスラヴィア人)というイデオロギーが確かなものとして築けなかったことである。だからこそ「民族」という名のゾンビが墓場から蘇るようなことになったのだ。

●カルチャー
 国民意識が定着しなかった一つには、文化的な面での一体性、つまり「これがユーゴの文化だ」という形のものが生まれ得なかったことが考えられる。
しかし、戦後、共産主義者同盟の「友愛と統一」というスローガンに見られる文化政策は存在していた。その社会主義のスローガンが掲げられた、パルチザン戦争を舞台とする映画や文学作品が作られ、これによって文化的同一性を生み出そうとした。が、パルチザン精神自体が70年代には風化していき、それを同一性の絆として持続することができなかった。チトーと共産主義者同盟と連邦軍という3つの絆は存在していたし、チトーの自主管理システムという特殊な社会主義の下で「ユーゴスラヴィア人」という概念は作られたが、それらはユーゴという国家を縁取る形骸上の政治的政策であったわけで、奥行きというものはなかった。だから、人々を一時的に動員し統括する力はあっても、確かな国民意識を根づかせることはできなかったのである。同一の文化が築けなかったのは、文化の基盤になるような、人々の共通の考え方や帰属意識が定着し得なかったことが大きいだろう。例えば、最北西に位置するスロベニアと最南東のマケドニアでは、相互理解が不可能なほど言葉が異なる。音楽関係でいえばおもしろいグループが出てきてそれが活躍しようとしても、それ以上外に広がらないという言語的な制限や、メンタリテイ―の違いによって市場が限られてしまう。それぞれの地域、または共和国の中の文化状況は展開されていったが、それが一つのユーゴ文化という形にはならなかったのである。地域的にハプスブルク帝国のカトリック圏に属していたスロベニアやクロアチアと、かつてアジアを支配しブルガリアとギリシャの一部であったマケドニアを、蓄積された歴史や伝統の上に同一のスラヴ系民族として再構築することは困難であったのだ。人々の集合的記憶を払拭することは簡単なことではないだろう。そう考えると、そういった伝統だとか歴史だとか集合的な記憶を基礎としたナショナリズムと対抗関係にあったユーゴスラヴィズムは、知識人の思想であったに過ぎないという評価も可能である。歴史的に見てみても一種の進歩的思想と結合していた。事実、都市部や混住地域や高学歴層などに多く支持されていたことは頷ける。

●国境線
 国民意識の形成を妨げるのに考えられる最も根本的な問題は、ユーゴスラヴィアを位置づける不安定な国境線である。ユーゴスラヴィアはモザイク状の民族分布、歴史的領土の重なりのため、「正当な国境線を引くこと」が困難な東欧に位置する。
 東欧の民族は、民族意識が形成され始めた18世紀から19世紀にかけて、四大帝国(ドイツ・ロシア・ハプスブルク帝国・トルコ)に支配されていた。その為、東欧の「民族」は近代の西欧にみられるような、民族=国民(ネイション)をあらわす概念とは結びつかず、大国支配下で個々の「民族集団」(エスニシテイ―)をあらわす概念にとどまった。この「民族集団」は「国民国家」の形成という方向ではなく、「既存の国家に対抗し自民族の境界線に従って、国境線を引きな直そうとする」要求を起こしてゆく。このような動きは当然多くの民族紛争を引き起こすこととなった。
どのように国境線を引いても、少数民族の飛び地が残ってしまう。その為ユーゴスラヴィアという連邦国家はこのような相互対立を超えるために、各民族の統合を東欧ではじめて実現したのであった。しかし実はこのような、日常生活の延長にある諸民族・諸地域の共存・共生関係を組織化しようという動きは、現代のヨーロッパ統合の形態を一世紀以上も先取りするかたちで、既に19世紀半ばよりはじまっていた。それは、ハンガリー、ルーマニア、南スラヴによる「ドナウ連合」や合衆国型連邦、スイス型連邦、イギリス型連邦というようなかたちで、様々な構想が打ち出された。
しかし、1848年、1860年、第1次世界大戦末期と、三回にわたってそうした統合の動きは妨げられ、実現することが出来なかった。第一には、スラヴ民族が半数以上占めるこの地域において、オーストリア・ドイツ人によるロシア拡大への警戒が極めて大きかったことだ。つまりスラヴ民族の連合が、ロシア拡大へ導くことを恐れて容認しなかったのだ。また、諸民族統合のあり方の方向性の違いもある。中央集権制を重視するか、地域と諸民族の自治を重視するか、帝国の枠組みを維持して立憲制を目指すか、帝国を崩壊させて自由な立憲制をつくるかなど、各民族が目的とする理念は様々であり、結局一つの方向に統合しきれなかった。
 そう考えると、この時期のヨーロッパ統合が、スラヴ民族連合によって成立したユーゴのみであったことは納得がいく。つまり、結局自国の利益をむき出しにしている西欧列強の介入があっては不可能であったのだ。理念以前に、目前の支配国に対抗するという、共通の目的を持つスラヴ民族だからこそ、ひとつにまとまることが出来たのだ。しかし、そんなユーゴの統合も生易しいものではなかった。パルチザン戦争によって勝ち取ったチトーの「第2のユーゴ」は、ロシアとドイツを敵にまわし、ついにはヨーロッパ全てを敵にまわして勝ち取った信じ難いものであった。これは必然的な結果プラスアルファー、チトーの作戦だったのではないだろうか。外敵への敵対心を増大させることによって、それに比例して、同志の結束が強まるということだ。それほどまでの孤立化なしには統合が不可能な程、東欧とは複雑な地域なのである。
 ユーゴは統一を遂げたにもかかわらず、不安定な国境線がどこかで引き直される度に、解体への危機を脅かされ続けた。それは、統一により戦後一貫して不変であると信じていた「国境が、変更可能であるという認識を生み、民族意識が再発し、諸民族が主張し出す」という構図を生むからである。民族問題の再燃はとりわけ、1990年10月のドイツ統一以降に拡大していった。ドイツ統一が東独の西独マルクへの吸収といわれるように、東独が「経済発展と豊かさ」を得たことが、東欧の国家と民衆の間に西側資本主義経済の流入と競争、つまり「民主化」と「市場化」を促進させ、民族問題を活性化させたともいえるのである。
 こうしたヨーロッパの事態は、私たち日本人には他人事に映る。しかし、実際は北方四島や尖閣諸島、あるいは竹島といった国境問題を抱えているのだし、19世紀においては、ヨーロッパと同じような状況にあったのである。結局日本は、明治憲法下に統合の核としての天皇制と軍隊をおくかたちで「国民国家」を形成してきたのである。しかし、自分たちは島国民族だから国境問題とは無縁だ、と思いたがる節が日本人には強いように思える。他国と陸続きに接していないから、周囲を海で囲まれているからという理由で、国家としての一体性がこれだけ保たれてきたのだという奇妙なまでの自負心がそこにはある。しかしユーゴのような、国家を築くのに困難な地域に位置する国を考えることによって改めて、私たちはすごくあいまいなものを確かなものとして刷り込まれているのだ、という事実を見直すことができる。
 ユーゴスラヴィアは事実上、共通の文化を持てなかったことをはじめ、様々な理由から「国民意識」が形成されず、確固たる一つの国を作り上げるのに失敗したと上記した。しかし、日本のように揺るぎない国民国家を形成することが、人々に真の幸福をもたらす最善策であるかどうかは判らない。それは、そこに生きる一人一人が出すべく答えであろう。しかし、自らを取り巻く環境、世界に無知であったら、正しい判断を下すことはできない。そういう意味で「ユーゴスラヴィアの解体」は、決して単なる失敗では片付けられないのだ。この事態が、私たちの目を開かせるのに与えた影響は大きいのである。これはひとつの警鐘ともいえないだろうか。

●権力者たち
 「アンダーグラウンド」に描かれているユーゴスラヴィアは、マルコという一人の男の構想によって生み出された虚空の世界である。先にも述べたようにマルコは、パルチザン戦争の只中、同志であるクロの恋人、ナタリアに惚れたことをきっかけに、クロをはじめとする仲間たちを裏切ることになる。はじめは、「彼らを戦火から守る」という名目で地下に閉じ込めて武器を造らせ、自らは勇敢に政治活動を行うという表向きの理由を傍らに、彼らに隠れてナタリアと地上で暮すというものであった。しかし、ほんの小さな出来心が歴史を動かすことになろうとは、マルコの想像には及ばなかったであろう。マルコが自らの罪の重さを自覚すればするほど、犯行の計画は綿密で完璧になっていった。(地下が爆破され、住人が地上へと出ていくまでは・・・)一つの嘘を隠し通す為のつじつま合わせによって、他のあらゆる嘘が生産されていったのだ。
事の深刻さは終戦を向かえて更に泥沼化してゆく。例えば、当然地下で暮す住人のことなど一般の人々は知るはずもないのだから、突然消えた住人の行方を納得いくものとしなければならない。その為彼らを戦死したと見せかけ、偽の死亡通知を発行することになる。そこでマルコは、クロに対するせめてもの罪滅ぼしの為か、それとも嘘をよりリアルなものとする為にか、クロを祖国のために果敢に戦って戦死したパルチザンの英雄としてまつりあげる。自らはその語り部として重要なポストを得て、チトーの側近にまでのぼりつめ、思いもよらぬ出世街道を辿ることとなるのである。
 嘘で固められたマルコの脚本は、人々を巧みに洗脳し、魅了する。地下の住人は「同志チトーよ」と共産主義を賛美する歌を口ずさみながら、まだ戦時中だと思い込んで武器を創り続ける。「ここでは、まだ地上の支配者は、第二次世界大戦のファシストたちだと信じていたのだ」と、テロップにもあるように。そして50年という長い年月と共に、月と太陽の区別もつかないクロの息子イヴァンや、何の疑いもなく「幸せ。」だと感涙にむせぶ、イヴァンの花嫁のような完全な地下生活者が作られてゆく。
 地上の人々はありもしない英雄物語に翻弄され、崇めたたたえ、それを基盤に新しい政権を作り上げていく。そして一つの皮肉な結末を生むことになる、「英雄クロの伝記映画」がマルコの脚本のもとで制作されるのである。
 映画制作者は、もちろん国をあげてたたえられている男の伝記が、作り話だと気づくはずもない。だから、制作に取り組む姿勢が大まじめであればある程彼らが滑稽に映し出される。だが、それが次第になんとも言えない虚しさを誘うのである。これはひとつのパラドックスであるが、逆説が新しい逆説を生むという複雑なものであり、一つの事柄が全く別の事態を作り出していくのだ。ここでは、更にすごい喜劇もとい、悲劇が起こるのである。
 チンパンジーのいたずらによって地下が爆破され、外へ出てきたクロと息子のイヴァンがこの撮影風景を見て、まさに実際の戦争(敵軍の侵略)だと誤解するのだ。そして、疑いもなく盲進して彼らを襲撃する。二人の勘違いぶりは甚だしく、そこだけみると吹き出してしまうのだが、その笑いの背後には皮肉に塗れた逆説の闇が広がっている。
 クロは自らが賛美されている現場を襲撃し、それとは知らずに誇らしさすら感じているのだから・・・このような嘘の世界に無頓着でいること、また操られること、妄信することは、無意識に道化と化していくことに似ているのかもしれない。しかし、ここでは道化が無知であるため、観客との笑いの共有はありえないのである。だから一層悲しくもあり、それを通りこして可笑しくもあるのだ。
 また、戦争という悲劇の中で、ブラスバンドを率いて豪快かつ陽気に振舞うクロをはじめ、共に踊り出すマルコやナタリアを芝居じみているという程大げさに描くことによって、喜劇の背景にある戦争という悲劇を際立たせ、それでも滑稽な彼らによって再び笑いが落ちてくる。これはまさに数々のパラドックスによる騙し絵といえる。喜劇の真の天才とは、もっとも私たちを笑わせてくれる人ではなく、クストリッツァのように「笑いの未知の領域を暴く」ことのできる、真の笑いを理解している人なのかもしれない。
 いわば「アンダーグラウンド」の第U部の「冷戦」は、地上、地下室、劇中映画の3つの虚偽的世界によって構成されているといえる。地上の住人も地下の住人も自らの見ている世界が唯一無二の正しい世界だと信じて疑わないが、こうして外側から客観的に見てみると、偽作である伝記映画と何ら変わらない、一つのフイクションでしかないのである。それら一つ一つの独立した世界は、マルコという一人の人間によって構想された、一つの大きな世界を形成しているからだ。全てはマルコ手中にあるというわけだ。
 マルコの台本の通りに妻を演じセリフをしゃべらされ、歴史を動かすのに荷担していたナタリアは、いつものように台本に目をやるが途端に取り乱して笑い出す。
「こんなセリフしゃべれない。いつも一方的な押しつけばかり。」と。
「何が不足だ。」と、問うマルコに「真実がない。」と、訴えるのだが、マルコは静かにこう言うのだ。「台本に真実などない。真実は肉体の中にあるのだ。言葉に真実などはない。真実は君なのだ。」と。
 マルコは、この世界が人工的な台本の産物であると認識していたのだろうか。だからこそ、その台本を書き換え得ることが可能だったとも考えられる。嘘をつき通す過程でそのような知恵を持ったのかもしれない。しかしながら、マルコには誤算があった。
 ナタリアは「あなたは私の血を20年間も飲み続けたわ。」「あなたの顔もクロの顔も酔わなきゃ見れない。」と言って酒浸り、半狂乱になる。
マルコはナタリアを手にする為に仲間を裏切り、歴史を塗り替えながらも存在の信憑性を信じ続けてきた。だが、ナタリアという存在はとっくに破壊され、死んでいたのだ。マルコの隣にいる女はもはやかつてのナタリアではなく、魂を抜かれマルコの台本通りに動く、何者でもないただの肉体であったのだ。
 そしてそれは地下の住人たちも同様である。マルコは、「ここの連中とは暮らせない。狂人たちや精神薄弱者たち。精神病質者、虚言癖者、詐欺師、犯罪者、殺人者。だめだ、正しい人間はとても暮らせない。」という。しかし彼らをこのようにしたのは、他でもないマルコ当人である。マルコはそれに気づかずに自らの暮しを脅かす異質なものとしてみなし、実際に彼らによって窮地へと追い詰められていくのだ。
 世界は人と人との相互作用によって構築されていくのだから、世界を作り変えるということは、一人一人の人格も作り変えるということだ。存在とは、ちょっとした世の中の変動によってでも、微妙にカタチを変えていく変動体なのである。肉体とともに不動だと考えていたマルコは愚かであった。
 実際のユーゴの戦争でも、マルコのように人々を巧みにあやつり、争いの火種を大きくしたであろう権力者たちがいたことは見逃せない。 
 それは、墓場から民族という名のゾンビを蘇らせたクロアチア大統領トゥジマンや、セルビア大統領ミロシェビッチなどの民族主義者たちである。先に述べてきた、チトーの築いたユーゴスラヴィズムに対抗したナショナリズムは、共産党の衰退による混乱の打開策として出てきたというよりは、ずっと以前からチャンスをうかがい、出頭の機会を待っていたのである。他民族やファシストなどの共通の敵が消え、東西対立の狭間で一応安定した状態が保てるようになってくると、数の上で優勢なセルビア人に対する対抗意識が出てくる。クロアチア人やスロベニア人などのユーゴの二大民族の中には特に、セルビアに対する敵対心が長い間くすぶっていたのだ。また、大セルビア主義を掲げるセルビア人たちは、それらの民族に自らの地位を揺るがせまいと防破線を張るようになる。そういった感情は際立って表面化こそしていなかったが、火をつけたら燃え上がるようなものであったのだ。その火付け役となったのが、ミロシェビッチやトゥジマンであった。このような政治権力が空白期にあるとき、あるいは経済危機などで民衆の不安感が増大しているとき、権力を掌握したいと考える者たちにとっては、民族主義は効果絶大なのである。しかも速効性に優れている。何か確固たる拠り所の欲しい民衆は、自分たちの身の安全を保証をしてくれる強者にたちまち心奪われるのだ。
 民族間の敵対感情を煽ることは、それを強固たるものにする為に一役買うことになる。それは自作自演である。過去にあった相互間の争いの記憶を持ち出して憎悪の感情を再生産させるのだ。そして、彼らを不安にさせたところで、「もう二度と誰にも君たちを殴らせはしない!」(ミロシェビッチがデモで叫んだ有名な文句)と言って、彼らを守る振りをする。
 これは、かつてパルチザン戦争の際、ナチスが行った戦略である。彼らはベオグラードを中心とするセルビアを占領下としてセルビア人を厳しく取り締まり、一方クロアチア人には比較的良い待遇をすることで民族間の敵対心を煽り、それを巧みに利用した。結果、クロアチアには「反ユダヤ主義、反セルビア主義」を掲げるファシスト集団「ウスタシャ」が統治する「クロアチア独立国家」が形成され、ウスタシャとチェトニク(大セルビア民族主義集団)の凄惨な「兄弟殺し」が行われるようになる。そして、この忌まわしい記憶が戦後に持ち越されるのである。
この戦争において民族間の憎悪の感情が高まったのは、民衆を煽った民族主義者たちだけでなく、このかつてのナチスのような大国の影が見え隠れしている可能性がある。それは、戦時下の悪質な策略によるものだけではなく、クロアチアやスロベニアの独立を促した列強国による、自分たちが作り上げてきた近代以降のシステムの強要などにもいえることなのである。
 このようにユーゴスラヴィアの解体は、「境界線」が不安定なために確固たる共通の文化を持ちえなかったこと、「国民意識」が根づかなかったこと、周辺国の動きにその都度躍らされ不安に苛まれる中、権力を掌握したい民族主義者たちによって他民族への敵対心を植え付けられたことなど、大小さまざまな要因によって引き起こされたといえる。これらに共通していえることは、国家、国民、民族などのイデオロギーの境界線が極めて不安定で頼りないものであり、それらに穴が開き、修復が余儀なくされる度に悲劇を生み出しているということだ。
ではこのような争いから、また、嘘で固められた支配的世界から逃れる方法はあるのだろうか?

                                            

Writing in Summer/2001
 
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