石の賛美歌

〜ミシェル・クレイフィの映画をめぐる考察 〜


 彼らには、大きな虫歯がある。長い間放置していたため、虫歯の穴がどんどん広がり、ものを食べる度に穴に食べカスがつまる。歯医者に行って虫歯を治す術を知らない者、治す手段を持たない者は、歯に何かが詰まる度に、舌でかき出しなんとか穴がこれ以上広がらないように食い止める。けれど、やわらかい舌は硬い歯に対して脆すぎる。かき出し、かき出し、酷使するためにただれてしまい、傷口をいたわり一時的に鎮静しても、かき出す行為を止めない限り傷口の痛みからは逃れられない。 虫歯さえ治してもらえば済むことなのに・・・彼らは、大きな虫歯を治療する術を持たないのだ。

 これは、パレスチナのインティファーダ(被占領地民衆蜂起)に対する私の見解だった。特に、イスラエル軍の武力に対して、小さな子供からお年寄りまで石を投げて必死に抵抗する姿を、傷を悪化させるだけの悪循環であると考えていた。それは、一刻も早く彼らを追い出したいイスラエル軍の思うツボだからだ。そして、武力に対する報復が彼らの生身の身体に向けられ、痛ましい惨劇が繰り返される だけなのだから。
植民地統治者であった、イギリスのユダヤ人に対する厄介払いというきらいのあるイスラエル国家建設の約束にはじまり、イスラエルに対するアメリカの後ろ盾など、大国の動向が両者の争そいを煽ったことは間違いないだろう。アメリカ、イギリス、国連の譲歩に委ねるしか、もはや解決の余地がない問題なのだ。けれど、そういう単純図式も、私の中でガラガラ音を立てて崩れていった。

 ミシェル・クレイフィというパレスチナ出身の映画作家がいる。彼の作品を4作品同時に観る機会があった。イスラエル出身のアモス・ギタイという監督の作品はほとんど観ているが、また違った印象を持った。というより、ギタイはイスラエル出身といえど、両者の間に立って、できるだけ中立な立場でそれぞれの側面をみせる。今までパレスチナ問題は、そうやって外部の視点で外側から映画化されてきた。 しかしながら、クレイフィの作品は、特に「豊穣な記憶」や「マアルール村はその破壊を祝う」の2作品は、パレスチナに残ったパレスチナ人個人の内面を通して語られた作品である。
  
 今まで、エドワード・サイードの著作や、アモス・ギタイの映画を通してパレスチナ問題に対して多少なりとも知ったような気になっていたため、顔面にノックアウトを食らったような衝撃を受け、観終わった後何も語れなかった。というのも、私が得ていた知識は、結局は政治的背景や、大まかな民族問題としてのパレスチナ問題という位置づけで捉えていたふしがある。だからつまり、他の民族問題に置き換えて語ってしまったり、メディアで取り上げられるような完全に外側の第三国の視点でしか解釈 していなかったのだ。
 けれど、「マアルール村はその破壊を祝う」というドキュメンタリー作品の中での初老の叫びはなんとも言葉では表現しがたい何かが、重たい石のようにずっしりと胸に落ちてきた。かつてのマアルール村の住人はそこから追い出され、村は破壊されて更地になってしまった今でも、かつての独立記念日には、村の住人はそこで生涯のほとんどを過ごしたお年寄りから、青春時代を過ごした子の世代、そしてそこでの記憶がほとんど乏しい孫世代を引き連れ、その更地で祝杯を上げるのだ。当時を思い出す何もかもが破壊されてしまったその地に、どんな思いで、はたまたどんな期待を胸に祝杯を上げるのか。私には到底理解できない光景であり、その彼らの様子が鮮烈に記憶に刻印された。記憶・・・
 誰もが持つ記憶という領域は不思議なもので、彼らはその更地にレジャーシートを敷き、一面見渡せるがらんどうの景色に、過去の記憶を重ねているのだろうか。彼らには見えるのだろう、あそこに かつて教会が建っていて、その脇道を入ったところで、よく球蹴りをして遊んだものだなどと、鮮明に過去を追想することができるのだろう。失った村、故意に焼き払われ、失うことを余儀なくされた村だからこそ、逆に彼らの記憶が鮮やかなのかもしれない。

 ラストシーンで、監督にインタビューを受けた老人がカメラに向かってこう叫んだ。
「我々が何をしたというのだ!我々は何もしていない。何故我々に暴力を振るうのだ! 何故我々の村を奪うのだ。悪いのはイギリスだ!やるならイギリスをやってくれ!」
激しい口調の、内なる叫びを目の当たりにし、会場内に一瞬重たい空気が走ったのを 感じた。この初老の記憶から、苦しみは消えることはないだろう。このドキュメンタリーの唯一の救いは、村の破壊を知らない子供たちが、更地に野放しになった木々に登って無邪気にあそんでいた姿が見られたことだ。彼らの高らかな笑い声が、明るい未来への一筋の光になってくれると願いたい。

 「石の賛美歌」という映画では、子供たちがイスラエル軍に投石するための石を厳選して拾い集めている姿が痛ましかった。イスラエル軍が発砲したゴム弾など、各地に散乱している弾をも、少年同士競うようにして拾い集めているのだ。カメラを向ける監督に向かって、最近はこの型のものがイスラエル軍を傷つけるのに最適だなどと、意気揚揚に語る姿は言葉にならない。戦場に産まれた子供たちは、 若い情熱を、敵に対抗することで実存的なアイデンティティーというべき存在意義を保っているのかと思うと・・・
  けれど、そんな彼らの出生の悲劇をただ嘆いていても仕方がない。私たちにできることは、かつて私が陥った普遍化した彼らへの解釈ではなく、彼らの投石の数だけ、いやそれ以上の、個々の生の在り方、そして苦しみの声があるということに注視するべきなのだろう。彼らの石はただの石ころではなく、それに思いの丈を込めることしか出来ない彼らにとっての賛美歌なのだから。

 「ほんの一つのイメージ、正しいイメージ」
これは、今回のクレイフイ特集のチラシで宇野邦一氏が引用いたゴダールの言葉だ。 クレイフィは、複雑な問題を頭ごなしに普遍化するマスメディアに対抗し、政治主義を脱却し、記憶という領域に発想の源泉を求める。「ほんの一つのイメージ、正しいイメージ」を、抵抗する個々の生の記憶から追究する彼のような作家が、次々に出てくることを期待したい。


                                            

Writing in Summer/2001
 
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