あらゆる物事には、既存の諸概念がつきまとう。それは名付けられることによって意味付けされ、がんじがらめにされた一つのカタマリとして存在しているように思う。そのカタマリには様々な要素が含まれているにもかかわらず、大枠の意味が与えられることによって、それらの存在はあたかも存在していないかのように浮遊してしまう。
 例えば「都市」というと、高度成長期以後、急激に発展した一つの街の姿として捉えられ、発展が追いつかなかった「地方」などど区別されている。そして、画一された「都市」のイメージがメディア等を通し、広く浸透しているようにみえる。
 けれど街を歩いてみると、東京の中心でさえ、ステロタイプの「都市像」など一部を除けばほとんど見つからないことに驚く。そこには網目から抜け落ちた多くの地方的要素や、個々の幼少の記憶を喚起するような風景、はじめて見るような異次元的要素など、様々な顔が存在しているのだ。


  世界は個々の眼差しや記憶の数だけ無数に存在し、それは不動だとされる狭義の世界に広がりと奥行きを与える。小さな記憶の断片が、時間の流れと共に別の体験や懐かしい匂いや音と結びつき、再び喚起され新たな世界を作り出す。そう、わたしたちは折り重なる記憶のパラレルワールドに、同時に存在しているのだ。
 今日も記憶の分子が何かに共鳴し、その震動が記憶の回路を伝う。それはほんのささやかな出来事だったり、誰かのことばや仕草や、通りすぎていく風景だったり。その小さな震動を幾重にも重奏させていきたい。予定調和でない新たな世界が、ぼんやりとここに立ち上がってくることを期待して。
 
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