「魚になった夜」

 詩ははじまっていたのです
何をどう話すかなんて、さほど重要なことではないのですね。あなたの声、息づかいそのものが、詩なのですから。時にはやさしくみんなを撫でるように、いつくしむようにそっと。時には怒りとも悲しみともつかない激しさを何ものでもないものにぶつけるように強く、あなたはくちびるを震わせる。
 わたしは涙が溢れ出て、どうすることもできず人前でわんわん泣きました。何故泣いたなどど聞かないでくださいね。わたしにもわからないのです。記憶の扉が次々に開かれ中からどっと何かが溢れだし、わたしは溺れかけました。ただ必死に泳ごうとジタバタしていたら疲れてしまい、このまま流されることにしました。波に身体を任せ、ゆらゆらどこまでも流されてゆきました。それはとても心地よいたまゆらの時間だったのです。
 ただそれだけのことなのです
あなたがいうように、あなたやわたしや彼らがしていることは、一体何になるのでしょうか?鳥が入ることのないかもしれない巣箱のために、せっせと木をこすり続けることや、目的地が無いとわかっているのに、ひたすら歩き続けることや、生涯誰の目にも触れることのないイラストを広告の裏紙に描き続けることや、誰が聴くともわからない歌を歌い続けることや、みんなで度々寄り添って着地点のない会話を楽しむことが・・・
 それらが一体何になるというのでしょうか。
 けれどもやがてそれらの小さな片々は積もり、ある時言い尽くしがたい輝きとなって再び還ってくるのです。きらきら眩い光に包まれ、わたしたちは幸福だとつぶやくのです。その痕跡は、愛そのものなのだということを。それ以上でも以下でもなく、愛そのものだということを、わたしは今日知ったのです。
writing in Springr/2007
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