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「画家と神様、狼と少女」 |
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先日知り合った画家、近藤ちひろさんのアトリエへあそびに行った。 夜、東京郊外のとある駅で降り立つと、凍りつくほどの冷たい風が身にしみた。寒いというよりヒリヒリした。けれども、身が引き締まるようなその冷たさが、なんだか逆に心地よかった。あらかじめ聞いていた道を、駅から30分ほど歩いた。商店街にぽつりぽつりと街灯はあるにせよ、都会の夜とはまるで様相が違う。ちょと視線を先にやると、鳥目だからか闇の中にぼーっとシルエットが浮かぶ程度しか町並みが見えない。えーと、確か信号の先に鳥居があるのを確認し、左折するはずなのだけど・・鳥居ってどこ?運よく前からジョギング女性がやってきて聞いてみると、「あれですよ。」「あっ・・・。」
その瞬間、少し先にぼんやり見えていた黒い塊が、すーっと鳥居に変身した。そして左に曲がってみると、うわー。建物で遮られて先が見えなかった商店街から一変。世界がパアーっと開けた。月明かりに照らされた下りの一本道がどーんと延びている。その先には闇の中に山々の黒い影が見える。車の音も遠ざかり、だんだんと静まり返る通りを進むと同時に、空気がどんどん澄みきっていくのがわかった。空を見上げると、思いがけず星の多さに驚いた。すごーい、写メールをパチリ。あれ、なーんにも写ってない。こんどは月をパチリ。見事にブレてふたつになった。
彼女のアトリエは、知人の叔母さんが今は使っていないというマンションを借りていた。知人の家具や荷物はそのままなので、手を触れないようにとスーツケースに自分の荷物を入れているためほとんど生活感がない。生活の拠点を持たずにミクロネシア、グアム、沖縄とジプシーのように転々としていたので、家や自分自身へのベタっとした馴れ合いがなく、とても清清しいなあと思った。
ジープ島に行く前に、たまたまウェブ上でジープ周辺のミクロネシアの神話を収集しているちひろさんの存在を知った。直感で何か感じるものがあり、ずっとお会いしたいと思っていたら、先月マナティーズのやまちゃんを介して(人と人をつなぐ天命の人だと確信している)同じ会場で展示をさせてもらうことになり、搬出の日にはじめてお会いすることができた。一月半の間、沖縄の島々を歩いて神話の取材をしていたちひろさんが帰ってきた次の日だった。
自然界の声にしたがって旅をしてきた彼女は完全にチャクラが開ききっていて、排気ガスと人の欲望の渦巻く都会にいるのが痛ましいほどあちら側の人だった。彼女が森や聖地で体験してきたことや、おじいやおばあから頂いた言葉を聞いているとぶわー鳥肌が立ち、心が震えた。体の深いところから自然に何かがこみ上げてくるのだ。キジムナーの宿るガジュマルの木やウタキや数々の聖地で体験した不思議な身体感覚。自然界からそそがれる無数の視線について。普通の道ではスタスタ歩けるのに、何故か聖地では見られているという強烈な神の視線と畏怖を感じそぞろ歩きになってしまうこと。神聖なものに触れたときに堰を切ったように底の方からこみ上げてくる、理屈では説明できない思いについて。口承で伝わる神に関わる大切な話を語ることはタブーであり、頑なに拒む古老たちが、共に過ごすことで何かの拍子に語り出したり、ふとした瞬間に口をついて出てきたり、そんなありがたい体験について。たくさんたくさん聞かせてもらい、半日以上話していたにも関わらず時間がまだまだ足りないほどであった。それで、一泊前提で青梅のアトリエまであそびに行かせてもらったのだ。
ひとつショックだった話題が、沖縄で一番格式の高い聖地である斎場御獄(セーファーウタキ)が、世界遺産登録後、すっかり観光地化してしまいひどいことになっているということ。琉球の創世神話である琉球開闢(かいびゃく)物語の中で、始祖アマミキヨが降り立ち五穀豊穣をもたらしたという場所である。 私が5年ほど前に訪れたときは入場料をとるようなパーク化していなかったし、うっそうとした森に守られ、静けさのなか佇むとても神聖な場所であった。やはり、畏れ多くてどうしてもシャッターを切れないと感じる場所もあり、感覚を開いて一歩一歩そぞろ歩きしながら進んでいった。
ところが、今の現状はというと、、、ちひろさんが旅の最後にウタキへお礼を言いに行ったとき、観光バスから団体客が降りてきてずかずかと踏み荒らして歩いていたとか。おまけに祠の前では口々にお願い事を言っているのだそう。ゾっとなった。自然が人間を癒すために存在しているのではないように、ウタキの神々も人々の目先の願望を叶えるためにいるわけじゃないのに。
ちひろさんはその場でとても苦しくなってしまい、泣きながら「ごめんなさい、ごめんなさい」と、手を合わせたのだと話してくれた。ああ、この人の神や自然への姿勢はこんな欲にまみれた社会にいながらも、これっぽっちも鈍っていないのだなあ。私だったらどうしただろうか。自分に問いかけるるとともに、彼女に会えて本当によかった、と感じていた。
狼の話をした。東京と埼玉の県境にあるこのあたりでは、妖怪伝説とともに狼信仰も残っているのだそう。近くに住むお婆さんは、山に狼がいるのを何度も見たことがあるというので驚いた。「えー、絶滅危惧種なのに?」。
ところが、ちひろさんが言いずらそうに、「実は、私も愛知の山に住んでいた小学生のころ、山で狼に会っているの。」というのだ。 「狼が日本の山にもういるわけがないとみんなに笑われてしまい、子供心にこれはぜったいに人に言ってはだめだとずっと胸の内にしまってきたんだけどね。」。
オオカミが未だ生息している世界の数少ない土地でも、疾走に近いスピードで移動するため、見ることがほとんど不可能だと認識していたので、前のめりになって食いついてしまった。
「犬じゃなくて?狐じゃなくて?どんな状況で?」「うん。あれはぜったいにオオカミだった。コリー犬を飼っていたから、あの大きさと佇まいは犬じゃないってすぐわかったの。」
親に怒られて家の中に入れてもらえず裏山にいたとき、薄闇の中赤光りした目で唸りながら近づいてきたのだそう。怖くて怖くて固まってしまったんだけど、とっさに四つん這いになって、爪先立ちして少しでも体を大きく見せて、オオカミより大きい声でウーっと言いながら近づいたら逃げて行ったのだとか。すごい!私は感激しきりで、お酒も飲んでいないのに体が高揚してカーッと熱くなっていた。
不思議なことに、日本にはいないとされるオオカミを見たという話はいくつかあって、どれも同じシチュエーションなのだとか。つまり、子供が親に締め出されて山を歩いているという状況らしい。 物語のようなオオカミと少女との遭遇は想像しただけでドキドキする。
シートン動物記で育ち、中でも孤高の「オオカミ王ロボ」が大好きだった私だが、本物のオオカミの写真をちゃんと見た記憶は一度しかなかった。けれどもその記憶は鮮烈だ。あるとき雑誌「風の旅人」に掲載されていた「天狼」という題名のオオカミの写真を見て唸ったのだ。「ロボだ!」。ドールシープの亡骸に喰らい付いて鋭い目でカメラを見据えるその表情を見て、ビリビリっと電気が走った。なんて凛とした美しい生き物なのだろう。一度きりしか遭遇できていない狼のその写真に添えられた、写真家・不破弘次氏の言葉がよかった。
「僕にとって狼というのは、野生の生命そのものであり、姿や形が見えるかどうかではなく、魂の奥底に響き渡る鋭い咆哮なのだ。尊厳であり、気高さなのだ。」
慌てて雑誌を引っ張り出して、私の脳裏に焼きついて離れなかった天狼の眼を再び見た。全てを冷たく凍りつけるようなオオカミのこの眼を、ちひろさんは見たのだろうか。
徹夜明けで朦朧とする中、ずっとそのことが頭から離れなかった。興奮しているのかしばらく眠れなくなってしまい、半眼でぼーっとしていたら、途中で意識が飛んだ。夢の中、狼が黄金色した毛をなびかせて山を駆け抜けていった。ふいに飛び起きた。
そうか、ちひろさんが見たのは神様だったんだ。山の神様だったんだ。夢と現実とを去来する虚ろな意識のまま、そんなことを口にしていた。 |
| writing in February/2008 |
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