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「明け方に来る人よ」
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午前4時、外から聞こえるシャーッ、シャーッという音で目が覚める。同じ団地のお向かいに住む、おじいさんが掃く竹ぼうきの音だ。90歳をとっくに越えているおじいさんは、周囲の心配をよそに、365日欠かさず数十年もの間、早朝の掃除を続けている。雨の日も夏の炎天下の日も雪の日でさえも、竹ぼうきの音は途絶えることがなかった。医者にとめられてさえも頑として続けた。ところが2ヶ月前のある日を境に、ほうきの音がぴたっとしなくなった。気になって母親に尋ねると、貯水槽の前の階段で足を滑らせ数針縫う大けがをしたとのことだった。その年齢のお年よりが一度寝たきりになると、もう二度と歩けなくなるのでは、と心配になった。ましてや、彼の生活の一部どころか生甲斐になっていた、早朝の一仕事が出来なくなってしまったら。
しかし数日前、再びシャーッ、シャーッという音で目が覚めた。3階の窓から下を見下ろすと、紛れもない竹ぼうきのおじいさんだった。まだ薄暗い中、アイロンのあとが残るズボンの中にYシャツをピシっとしまった出で立ちで、てきぱきと枯れ木を掃いていたのだ。その姿に感激してしまい、手に入れたばかりのデジカメを取り出し夢中でシャッターをきった。数ヶ月のブランクをものともしない程おじいさんの動きは機敏だったので、撮った写真は見事なブレ加減だった。人知れず明け方に現れる、そんなおじいさんの姿が見たくて、数日間窓枠からこっそり見守る日が続いた。すると今朝、彼の行動に異変があった。
竹ぼうきや塵取りを地面に放置したまま、自転車置き場に向かった。そして5分程カギ穴と格闘した後、自転車にさっと跨ってどこかへ行ってしまったのだ。私の部屋の窓から真っすぐ延びる通りを、スイスイ気持ち良さそうに抜けて見えなくなった。その姿は、まだ薄暗いこちらの世界から、薄明るくなっていく遠い暁の世界へ帰っていくようだった。おじいさんの行き先が気になって眠れなくなった。ほうきや、ゴミの入ったままの塵取りを残し、彼が掛けつける場所はどこなのだろうか。しばらく想像をめぐらせていると、10分ほどして通りに姿が現れ、再びこちらにスイスイと戻ってきたのだ。自転車をとめると、またしばらくカギ穴と格闘したのち、カギを胸のポケットにしまった。しかし、まだ手には何か持っていて、大事そうに両手に乗せて眺めていた。その顔は薄明かりの中、ほんのり色づいて見えた。すると、ころっと何かがこぼれ落ちた。ドングリだ。おじいさんの手の中には、小さな秋が広がっていたのだ。
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